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打ちのめされる [家]

家のことなんですが、出したら戻すを徹底しなくちゃいけないのは子供のころから言われ続けてることだし、面倒がっちゃいけないって分かってるんですが、どうにもできない時があり。
日々の片付けと掃除……優先順位の高いものからやるべきなのは分かっているのですが、それだといつまでもおうち改造計画も生活向上委員会も進まない。
だから、今日は玄関、とか、今日はここ、と決めて一生懸命やったりもしました。
昨日はお客が来たのでリビングと和室を綺麗にしました。
でも今朝、夫に、やはり子供にも元に戻すをやらせなくては、というようなことを言われ、自分のしつけが、ていうか私自身が出来ないからいけないのだと思い知り、打ちのめされて散々泣きました(夫はそんな言ったつもりじゃないのでさぞ面食らったことでしょう……迷惑かけました)。
私は自分に自信もないし、ものすごくヘタレで落ち込みやすいので、復活するために午前中いっぱいかかりました。夫にもだいぶ励ましてもらって何とか立ち直りましたが、内心はまだまだ傷だらけです……。

毎日の洗濯はやるけど、でもたまには休んでシーツも洗わなきゃならない。本当なら毎日の洗濯もした上で、シーツを洗う日は二回も三回も洗濯機を回すべきなんでしょうが、そうすると今度は台所や掃除が間に合わなくなります。それもこれも全部とやると今度は私自身が倒れます。
だからシーツを洗う日は毎日の洗濯を休んで、となることもあるんです。それはいいと思うの。
だけど今日は、「ここをこうしたいとかの希望もいいけど、それより毎日の片付けが先じゃないか」と言われたような感じで。
毎日の片付けに追われてたら、それ以上のことが出来るようにはならないと思えます。
それに、いつだってマイナスをゼロに戻す作業だけで、それが嫌いな私は、「綺麗なおうち」「整頓された美しい場所」などを考えたり、作ったりする、「楽しいこと」がなくなっちゃう。

そもそも。
「綺麗である」が常態化すると、誰もそれを褒めてはくれません。散らかっているのを片付けるから「おっ、今日はがんばったね」ってなるんです。
私が普段家にいて、ずっと家の中にいて、一体何を考え、何をどれくらいやっているか、それは見ていない人には分からない。
もちろん、ずっと働いてるわけじゃないから、「なんだ楽そうだな」って思う人もいるかもしれないけど、でも働いてだっているんです。
でも働いているところは「見えない」。
綺麗になっているのが当たり前になれば、誰が綺麗にしているか、気づかない。分かっていても、「見てない」んです。
片付いていなければ、それは「見える」。
子どもは、私が叱らない時は気づかない。叱られたら「叱られた」って思う。だから、なるべく褒めるようにしています。「褒められている」を意識してほしいから。
私だって。
当たり前の毎日の家事を、やって当然の仕事を、褒めてほしい。
そのうえで、得意でないことや出来ないこともあって、あるいは出来ない日もあって。
それでもこういう風にしたらどうかなって話したことを「お母さんがなんかやりたいらしいよ」ではなく「一緒にやろう」って意識を持ってほしい。
家族みんなの問題だから、私は私一人の考えで断行したくないんです。
みんなに意識を持ってほしい。
私が一人で頑張って褒めてもらう、じゃない。
みんなでやりたい。
もちろん、作業量は私が一番多くていい。それが仕事でもあるし。
でも、興味や関心を持って、意識を持ってほしいし、褒めても欲しいし、お母さんがんばってるから自分もちょっとやろうって思って欲しいし、それがいいことだって思って欲しい。
こうしてほしいばかり書いたけど……今日は苦しくなったので吐き出してみました……。
今日もがんばります。
試験直前の娘が気持ちよいベッドで寝てくれたらいいと思うからシーツを洗い、布団を干すよ。
台所の皿も洗うし床も掃除するし埃も綺麗にするし洗濯物もたたむしアイロンもかけるし買い物も行くし夕食も作るし明日からの準備もするし子どもの宿題も見るしおやつも用意するしそれで笑顔でいるようにがんばるよ。
……私が倒れない程度にね。
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